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性別を変えた。人生が変わった。世の中は、どうだ。

女の子でいることが、嫌だった。

小学校2年生になると、それまで長かった髪に違和感を覚えるようになってバサッと切った。背負うランドセルが赤かったこともなぜか恥ずかしくて、ベルトの細いところをわざと壊してリュックで登校するようになった。遊ぶときは、スケボーやサッカー。小学生のうちは「女の子なのに」なんて言われることもなかった。

中学校にあがると、友達との話題は恋愛ばかりになった。自分は女性なのに、好きな相手も女性だった。レズビアンなのだろう。だけど、そんな恋愛感情とは別に、「学ランを着たい」という気持ちも芽生えてくる。自分はいったい何者?周りとの違いを自覚しはじめたとき、自分と同じ思いを抱える同年代の人を知った。テレビの学園ドラマの登場人物だったその人は、「性同一性障害」だと言われていた。中学生にして、自分はもう、ふつうの人生は歩めないのだと悟った瞬間。

高校は厳格な校風で、みんな髪が短い。バスケ部にいたこともあり、男の子っぽくしていることが自然な環境。女の子っぽくしなくていいことが楽だった。だから、卒業後はスポーツ系の専門学校に進んだ。そんな風に、消去法で選んだ未来はすぐに途絶えた。

突然訪れた、人生のターニングポイント。

専門学校に進んですぐ、母が自分名義の借金を抱えていたと知り、学校を辞める。アルバイトで稼ぎ、借金を返しはじめた。家族とも疎遠になった中で、人生のターニングポイントが突然訪れる。父親の他界。葬式に出ることもできなかった。
父親を亡くしたのが18歳のとき。それから4年後に発覚したのが、その父親だと「思っていた」男と自分は、血がつながっていなかったという事実。生まれたのは、人生を変えるほどの後悔のきもち。肉親でもないのに、自分をここまで育ててくれたことに、感謝と尊敬の念がわきあがってくる。だけど「ありがとう」も「さようなら」も、もう伝えることができない。こんな想いは、二度としたくない。いつ死んでも悔いのない生き方をしよう。ふと自分をふり返る。やっぱり、性別がおかしい。女性のままで、自分は幸せになれない。22歳から性転換を目指した。

当時は情報がなく、どうすればいいのかわからなかった。とりあえず向かったのが、新宿二丁目のおなべバー。店主は、金の短髪にダブルのスーツ。性転換について質問すると、「男だったら自分で調べなさい」のひとこと。吹き出しそうになった。見た目も中身もダサすぎる。自分は、絶対にナチュラル男子になると、決意をさらに固くする。
体を男性に変えるため、まずはホルモン注射から。すると、声変わりなどの変化が出てくる。周りとの関係性も考え、職場の飲食店仲間にカミングアウトした。驚いた表情は見せつつも、反応はあっさりしたものだった。「そもそもお前を女だと思ったことはない」。新しい自分をすぐに受け入れてくれた彼らは、男社会のよき先輩となってくれた。キャバクラにも連れていってもらったし、手術で胸をとった後はみんなで男風呂に入った。男でいられることが、最高だった。
男性としての第一歩を踏み出した後は、何の迷いもなかった。お金を貯めながら性転換を進め、24歳で子宮卵巣をとった。25歳で戸籍変更。小さい頃から男性だった僕の心に、体と戸籍が追いついた。

人生で、僕が生きている価値を証明する。

性転換ができるという事実さえ知らなかったころは、絶望の中にいた。どうして女性に生まれてしまったのだろう。そればかり考えていた人生が、父との関係を知った日を境に前へと進みはじめた。おなべバーで教えてもらえなかった情報を自分で調べ、体が男性に変わると、世界のすべてが変わった。海パン一丁で海にいったときには、それまでに感じたことのない幸せと開放感を味わえた。生まれたときから男性でいる人たちにとって当たり前のことが、こんなにもうれしい。自分って、人類至上稀に見る超幸せな人間なんじゃないかと思った。

こんな風に生きられるようになった最初のきっかけは、やっぱり情報。今はまだ苦しんでいるたくさんのトランスジェンダーの同士たちに、「自分で調べなさい」と突き放すことはできない。できるだけわかりやすい形で人生を変えるきっかけを提供してあげたくて、性転換をはじめた22歳のときからホームページを開設している。年間2000人の相談が集まり、10年のトータルで約2600人の性転換手術をサポートしてきた。トランスジェンダーとして生まれたからって苦しいことばかりじゃない。トランスジェンダーだからこそ感じられる幸福がたくさんある。自分たちが生きやすい社会は、自分たちでつくっていくことができる。社会を変えていくことで、自分がこの世に生まれてきた価値を証明しつづける。絶対に楽しく生きてやる。そう決めた僕は、強い。

PROFILE

井上健斗
33
トランスジェンダー(FtM)
株式会社G-pit 代表
YouTubeチャンネル「G-pit Channnel」運営

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