TALK
女性の体に合うメンズスーツブランド「keuzes」で世界に一着だけのスーツを。代表・田中史緒里さんが全国各地のLGBTs当事者に出会って見つけた、夢とは?
入学式や卒業式、成人式のような式典をはじめ就職活動、結婚式と人生の節目となる場において求められるフォーマルな装い。その中でも「スーツ」は男性にとって、どんなシーンでも着回せる万能セットアップとしてクローゼットに掛かっているという人も少なくないだろう。一方、女性はレディーススーツはあるものの、シーンによって振袖やパーティドレスなど選び身に纏うというのが一般的だ。この当たり前とも言える慣習の中で生きづらさを感じているLGBTs当事者に目を向け、主に「女性の体に合うメンズスーツ」をオーダーメイドで仕上げるブランド「keuzes(クーゼス)」が今年1月、FTX(出生時の性別が女性ではあるものの、自らを男性・女性どちらの性別にも割り当てない性)である田中史緒里さんによって立ち上げられた。
ブランドの立ち上げから3ヶ月足らずではあるが、SNSを中心に月平均400件の問い合わせが来るほどの盛況ぶり。そんな声に応え毎日と言っていいほど全国を飛び回っている田中さんに、幼少期から感じていた性別を基準とした社会への疑問や上京後に多様な生き方に触れて感じたこと、そして「keuzes」の未来について伺った。
「中学の制服は汚すことで着れない様にして、毎日のようにジャージばかり着ていた」
幼い時からドラゴンが大好きで洋服はもちろん、小学校の家庭科で必要な裁縫道具やナップサックも全てドラゴンがあしらわれたものばかり。可愛いものに目もくれる気配はなかったと思います。周りの女の子がお人形遊びをする中で自分はただ一人ラジコンが欲しかったし、赤のランドセルも大嫌いで片方の肩にしか掛けないというスタイルで登下校をしていました。
今思い返すと、両方で背負うことで周りの女の子と変わらない存在に見られるのが、きっと嫌だったんでしょうね(笑)。後々、両親から話を聞くと七五三でお着物を着た時も、自分の姿を見た途端に固まって泣き出してしまったそう。自分が女の子ではないということは言葉にできなくても、心の中には幼少期からしっかりとあったんですよね。
中学校に入学すると多くの人たちが制服での学校生活を過ごすことになるわけですが、自分もそのうちの一人。最初は自らが数ある選択肢の中からスカートを選んで着なくてはいけないということではなく、「ルール」として皆が同じものを着なくてはいけないと解釈していたのでそこまで抵抗する気持ちはなかったんです。しかし、2年生の終わりから制服を着ている自分に嫌悪感を感じる様になり、制服を汚したり水に濡らしたりして、着れない状態にした上でジャージで過ごすということがいつの間にか普通になっていました。同時期に女の子へ興味のアンテナが少しずつ向き始めた様な気もするのですが、そう思ってしまう自分を受け入れられなくてセクシュアリティを考える自分とは無意識に距離を置いていたかもしれません。
卒業後は制服登校の規則がない高校へ入学したことで、自分らしい生活をスタートさせることができると期待したのも束の間。なぜか男子からの告白にOKをして1~3年生まで付き合うことに。それも「有名人のAさんに似ているから好き」という浅はかな考えの彼を受け入れてしまったんです…。ただ、それを受け入れたのは「このまま男の子と付き合ったら男の子を好きになって皆と同じ恋愛の波に乗れるかも…」という淡い期待があったから。
結果として彼と過ごしていく中で特別な感情は生まれなかったし、キスなどを迫られても嬉しくない。むしろ、イライラしていたような気がします。そんな経験から、男の子を恋愛対象と見ることは難しいなと感じていたある日、親友だった女の子から「私の知り合いに女の子が好きだっていう女の子がいるんだけど、田中はそうじゃないよね?」と半ば、否定的な疑問形で聞かれたんです。
当時からボーイッシュな雰囲気だったので、疑われることも不思議ではないと思ったのですが、この空気でカミングアウトすることは危険だなと思い、嘘をつきました。地方ってLGBTsが周りにいる環境に身を置くことや、いたとしても自身のセクシュアリティを公にしている人とは会うことは難しい、正しい知識を学ぶ場所があまりにも少ないと、その時に思ったんですよね。
高校卒業と共に上京。ゲイ、FTM、FTXがオープンに働くコールセンターで「自分らしく」という言葉と真剣に向き合う決意をする。
そんな息苦しさもあって東京へ上京し最初にアルバイトを始めたのが、とあるIT系のコールセンター。LGBTsに対してフレンドリーな雰囲気などは意識せずに会社選びをしていたのですが、いざ出勤してみるとオネエ全開のゲイの方やホルモン注射で徐々に容姿が男らしくなっていくFTMの方、そしてFTXの方などがオープンに働いていたんです。
彼らのような存在がいることは知ってはいたけど接したことがなかったし、何より自分を深く知る機会を自ら避けてもいたので、こういった環境に身を置けたことで今の自分があるとも感じています。それから女の子とお付き合いしたり、時には職場で相談にのってもらうことも。職場でもプライベートでも自分らしく働けることが幸せであると思う一方で、昔の自分のように未だに自身のセクシュアリティに関して悩んでいる人もたくさんいるという事実から目を背けることはできませんでした。
ただ自分は高校を卒業するまで勉強は疎かにしていたし、資格もない。モヤモヤとした気持ちを持ったまま時間だけが流れていく。そういった中で周りの友人たちが一歩ずつ前に進んでいて、気づけば結婚式に招待されることも珍しくない年齢になっていました。友人の花嫁姿を見て心の底からお祝いしたい反面、ふと自分のパーティドレスが視線にちらつくと「帰りたい…」と偽りの自分でいることが恥ずかしくなることが何度もありました。
レディススーツという選択肢も無いことは無かったのですが会場で一人浮いてしまうのは避けたかったし、一度レディススーツに袖を通した時の記憶が脳裏に過ぎったんです。ズボンの太ももがキュッと締まりがあって裾に近づくにつれて広がっていく作り、ジャケットは丈が短く胸元がざっくりと開いている。女性らしさがより引き立つようなラインの出方やシルエットがトラウマで…。
そんな経験もしつつ仕事にも慣れてきた2019年の初め、「このまま一生電話をして生涯を終えていく自分ってどうなの?」と思い一念発起して会社を立ち上げることにしました。
自分らしさを引き出す、世界で一着だけのオーダーメイドスーツを仕立てる「keuzes」は通過点に過ぎない。
立ち上げたは良いけど、何をするかは全く決めてはいませんでした(笑)。
ただ、今までの人生を振り返った時、身に纏う衣服に関して疑問に感じる経験が多かったため、女性の体に合うメンズスーツオーダーメイドブランド「keuzes」を今年1月に本格的に始動させました。
ブランドを立ち上げる前に同様のコンセプトのブランドが無いかを探して、実際にいくつか見つけたのですがSNSを見ると最終更新日が大分昔だったり…。アカウントが動いていないブランドは正直、信頼することができないし注文するのは躊躇われますよね。こういった現状に、女性のためのメンズスーツに対する意識が「あったら嬉しい」から「ないと困る」という問題意識へと変わっていきました。
そのことを踏まえてインスタグラムにて「keuzes」をスタートさせるという内容の投稿をすると、全国から予想以上のお問い合わせをいただきました。驚き半分、やっぱり自分と同じような悩みを抱えている人はたくさんいるよね、とどこかで納得する気持ちも。その時、自分が経験したレディーススーツへのトラウマを払拭するような女性らしい体のラインが出ない、どんなシーンでも着れるオーダーメイドのスーツを全国の方たちに届けたいという思いがより一層強くなりましたね。
オーダーの流れとしては、基本的にはインスタグラムのダイレクトメッセージから受け付けています。そこからスケジュールを調整して、私がお客様の元へ訪問しスーツの各パーツを相談しながら決めていきます。ボタンや表地などを選ぶ上で組み合わせは優に1000種類を超え、中でも自分を一番表現できるパーツである裏地選びには1時間以上悩むお客様も。考えに考え抜いたお客様だけのスーツは5~6週間の製作期間をいただいた後、感謝の気持ちを込めた手紙を合わせて郵送させていただいています。
現在までに北は北海道、南は沖縄と全国各地にいるお客様の元をお伺いする中で大切にしていることは、友達に近い感覚で寄り添っていくことですかね。せっかく同じLGBTs当事者同士で出会えたのに、ただの商売関係ではもったいないじゃないですか。少しでも価値のある出会い、LGBTsの知り合いができたかも!と思ってもらえるように意識しています。
またお客様のもとにお伺いすることで思いもよらぬ手助けもできているような気がしていて。お客様の多くが10代~20代前半なのですが、ご両親が私のことを見た時に「本当に私の子以外にも、こういう子がいるのね!」と喜ぶというか、安堵の表情や優しいお言葉をかけてくれる時があるんです。私たちは色々なSNSを駆使して自分と同じセクシュアルマイノリティの方々と繋がることは容易ですが、お母さん世代は自分の子供以外でLGBTs当事者に会う機会が滅多にないんですよね。こういった面からもお客様、そしてご両親のLGBTsに対する考えが少しでもいい方向に向かっていくと良いなと思っています。
私自身がLGBTsの方々と出会って人生が180度変わったように「keuzes」を通して、今度は私がお客様が本来の自分を肯定して生きていくきっかけになれたら幸せ。今はLGBTsのお客様を中心にオーダーを承っていますが、いずれかは一般の女性の方にとっても個性を光らせるアイテムとして「kuezes」を広げていければと思っています。「kuezes」が順調にスタートできて一安心していますが、まだまだこれだけでは終わりたくない。今後もLGBTsに限らず「ないと困る」と思う、ありそうでなかったものを生み出し続けられるような存在でありたい。
いつか私が携わったもので自分らしく生きれるようになったというお客様と一緒にお仕事できる日を夢見てーー。
PROFILE
田中史緒里
1994年 福岡県出身。2013年に茨城県の高校を卒業すると同時に上京し、IT企業のコールセンターにアルバイトとして入社。多様な性を認める社風とその中でオープンに生きるLGBTs当事者の姿を見ていく中で、自分らしく生きる方法を模索。
2020年1月に「女性の体に合うメンズスーツ」をコンセプトにしたオーダーメイドスーツブランド「keuzes」を立ち上げるや否や、問合せが殺到。全国を舞台にして、LGBTs当事者の自分らしさを引き出すオンリーワンのスーツ作りに日々奮闘している。
Instagram@keuzes_official(オーダーはこちら)
www.keuzes-official.com
記事作成/芳賀たかし(newTOKYO)
撮影/新井雄大 Twitter@you591105