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制服を作って終わり、では学生は救われない 学生服の老舗メーカー「株式会社トンボ」が、ジェンダーレス制服に込めた想い!

学生服と言えば男子=スラックス、女子=スカートというのが一般的であったがここ数年、防寒性や機敏性、 セクシュアル・ジェンダーといった観点から男女共に着用が可能なスラックスを導入する学校が増えてきている。
その中でも岡山県に本社を構え、今年で創業144年目を迎える学生服の老舗メーカー『株式会社トンボ』が製作したジェンダーレス制服は、多くのLGBTs当事者からの声をヒントに試行錯誤の末、完成させたニュートラルなデザインが特徴的だ。
今回は担当者の奥野あゆみさんにジェンダーレス制服ができるまでの経緯やこだわり、全国各地で行っているLGBTs講演会、そしてこれからますます多様な社会へと変容していく日本社会において、学生服を通してどのように貢献していきたいのかを伺った。

LGBTs当事者のリアルな声が形となった、ジェンダーレス制服
性差を感じさせない「Fスラックス」ができるまで

ジェンダーレス制服をテーマとした商品開発がスタートしたのは、2015年。文部科学省が『性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細やかな対応等の実施について』といったパンフレットを全国の学校教職員向けに発行したことで、多くのお問い合わせをいただくようになったのがきっかけでした。お問い合わせ内容としては「LGBTに対する知識は得られたものの、実際にどのような形で学生に配慮したら良いか分からない」というものがほとんど。なぜ弊社へお問い合わせが来たのかというと、実は2015年以前からジェンダーレス制服とはうたっていなかったものの、防寒や機敏性といった面で学生服として女子用スラックスを製作していたため「学生に向けて多様な選択肢を与えている」と解釈してくださった方たちが多かったのかもしれません。しかし、その当時は企業全体でLGBTsやそれらに関連するような知識や経験などは持ち合わせていませんでした。

ただ、同じ教育というフィールドで生徒一人ひとりと向き合おうとする先生方の気持ちに少しでも応えたい。そのような想いから「LGBTQも過ごしやすい街づくり」を掲げている、三重県の一般社団法人『ELLY』代表理事を務める山口颯一さんとアドバイザー契約を結び、特にFTMの方の身体と心にフィットするような『ジェンダーレス制服』の製作が始まりました。製作するにあたってLGBTs当事者に対するヒアリングが必須だという考えがありましたので、FTMである山口さんご自身の体験談をお伺いしてみると、制服に良い思い出はなかったようで。中学校に入学して間もなく山口さんは、先生にセーラー服を着用したくない理由をカミングアウトした上でお話ししたそうなのですが、「女子はセーラー服を着ることが決まっている」と聞く耳を持ってくれなかったという体験をしたとのこと。

「進学」というのは新たな門出、本来はおめでたいことであるはずなのに、「制服の存在が自分らしい学生生活を過ごす機会を奪っている」と考えると心が痛くなりました。また山口さんだけでなく『ELLY』主催のLGBTs当事者交流会にも参加させていただき、弊社既存のスラックスへの意見をお聞きすると、女子スラックスに関しては「裾がフレアになっているフェミニンなシルエットを着用するのは抵抗がある」「ストレートパンツは女性の骨格の問題でヒップが強調されてしまい、女性らしいラインが出てしまう」など、当事者にしか分からないリアルな声をいただける貴重な時間となりました。また、男子スラックスもヒップがタイトすぎるのでキツく腰パンで合わせるしかないという声も。

そういった声と合わせて、生地やシルエットなど細かなディテールも含めて幾度なく試行錯誤を積み重ねて完成したのがF(フリー)スラックス。男性らしさ、あるいは女性らしさを感じさせないスラックスを完成させることができました。

本当にジェンダーレス制服を必要としている学生の手元へ
「学生服」を通して、いつの時代も多様な人、社会に寄り添える存在に

ただ、Fスラックスを製作したとしてもLGBTs当事者をはじめとする、ジェンダーで区切られた制服の着用に苦しんでいる学生の手元に届かなくては意味がありません。そこで学校関係者向け学生服展示会の場所で、ジェンダーレス制服の説明と共にLGBTsに関する基礎知識や当たり前の存在として身近にいる社会であること、そして制服も彼ら彼女らが抱える生活の中の悩みの一つとなり得ることなど、正しい理解と認知を求める講演を『ELLY』と共同で行いました。

すると、それを聞いて下さった学校関係者数人から「ぜひ、職員や生徒に向けて講演をしてほしい」とお声がけいただき2018年は4件、2019年には17件と北は北海道、南は沖縄まで開催されました。『ELLY』が中心となって行う講演、そして制服導入を検討している学校にて私が行う勉強会の中で丁寧にお話ししているのが、ジェンダーレス制服の説明の仕方についてです。これは主に教職員の方たちへ向けたお話になるのですが、やはり「ジェンダーレス」という名称なだけあって、どうしてもLGBTsやセクシュアルマイノリティのための制服というイメージが先行してしまい、導入する際にその点のみに焦点を当てて説明をされてしまうという可能性がゼロではなかったんです。仮にそうなった場合、ジェンダーレス制服を着用している学生=LGBTs当事者という結びつきに繋がる可能性は大きくなりますよね。

LGBTs当事者の立場からすると、せっかく自分らしい制服を着用できるチャンスがすぐそこにあるのに、そのような説明のせいで周囲の目を気にしなければいけなくなる。防寒性や機敏性を重視したい、あるいは身体的なコンプレックスを隠したいという学生からしても、本来のセクシュアリティやジェンダーとは異なるレッテルを貼られる怖さもあるはず。そのため、あくまでジェンダーレス制服はLGBTsのためにあるものといったものではなく、その他にも先ほど挙げたような機能性など着用する利点を並列に挙げた上で、説明していただきたいとお話ししています。こうした活動というのも制服を作ったら終わり、ではなくて学生の手元に安心して届けるまでが私たちの役割であると考えているためです。

企業だけでなく教育機関も多様性に配慮した取り組みを多く進めている中、制服に多様性を配慮したシルエットやデザインというのを第一条件として提示している学校があるのも事実。そのためFスラックスだけに限らず、制服で用いられることが多いチェック柄も男女統一のデザインを取り入れたりと、学校の要望に沿う、そして学生一人ひとりが自分らしい装いで学校生活を送れるよう、多様な制服の製作を心がけています。

5年後、10年後、社会はもっと多様な人たちが可視化されるようになり、その度に問題が浮かび上がってくると思いますが、株式会社トンボはそれらの問題に関して学生服・体育着という点から解決策を見出すことができるのであれば、解決に向けてアプローチしていきたいと思っています。

株式会社トンボ

今年で創業144年を迎える学生服・体育着の老舗メーカー。「人と自然を大切にした、価値ある製品づくりを」をコーポレートスローガンに、多様な社会において誰もが日々を快適に過ごせる学生服・体育着づくりに取り組んでいる。

https://www.tombow.gr.jp/

取材/芳賀たかし Instagram@takapiii_new
画像提供/株式会社トンボ
記事制作/newTOKYO

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