TALK

東京→鹿児島 1,300km歩いて日本を繋ぐ その②

男でも女でもないXジェンダー”れいれいさん”
自ら鹿児島まで歩き、様々な人々の暖かさに触れあい支えられながらの旅。
LGBTs啓蒙活動を続け、地方に住む当事者たちと出会ったことで見えてきた「LGBTsの現状」をお伝えする。


湘南の海を眺めながら心地よい潮風と晴天を超えて旅は四日目。
横浜で預かった“ようちゃん“の『よう服』を次のチェックポイント、静岡県の浜松まで運んでいる。
最後に人と話してから何時間たっただろう、すっかり人里を離れて真っ暗闇。
ここは箱根峠の山中だ、ゴール地点は三島駅で約35kmの旅。

失敗したな、一番長い日になるとわかっていたけど朝が弱いからと言って11時ぎりぎりまでホテルにいた。
朝はぱらぱらと雨が降っていたが、幸い山の雨はやんでいた。その代わり冷えた空気と残雪をちらほらみかける。
山頂を見上げても先が見えないワインディングロードを登って、今度は永遠に下る。
これが箱根峠の特徴だ。

箱根峠の前日は気合を入れて焼肉を食べた。
正確には小田原で友人“はる”が鼓舞するために焼肉に連れて行ってくれたというのが正しいだろう。

慕うこころって。

“はる”はツイッターでつながった友人の一人で、当時彼女がいた。
見た目は中性的で一般的にはボーイッシュと呼ばれる存在だが、男性や男役として扱われたいわけではない。ありのままの姿をストレートに自分だと表現している。
自身を女性として自認しているうえで女性を好きになるレズビアンとは少し違っていて、
自身の性に関わらず女性が恋愛対象になることをウーマセクシャルという。(男性の場合はマセクシャルという。)
普段会う機会がなかったが近くを通るということで予定を合わせてくれた。

実はその予定に合わせてサプライズを用意していた。
“はる”との共通の友人に“すえちゃん”という子がいる。“すえちゃん”は自身を男性だと思っていたためFTMとして治療を受けていたが、世の中の男性像と自身の在り方に違和感を覚え、今では男性でも女性でもない性だが、相手の捉え方に合わせるという考えを持っている。

写真左“はる”

“すえちゃん”と“はる”はCDを貸し借りするほどの仲だったが、“はる”に彼女ができた時から様々な理由によって二人の関係が疎遠になってしまった。結果あまり連絡を取らなくなってしまったため、“すえちゃん”が借りたアクアタイムズのアルバムを返せずにいたのだが、実は手紙を添えて“すえちゃん”から出発日に東京駅で『小田原行きの荷物』として預かっていた。

“すえちゃん”の手紙には「二人の幸せを願っていること」「今も友達だと思っていること」「“はる”がよければまた遊ぼう」とつづられていた。
あまり表情を変えない“はる”だが少し驚いていた顔をして、静かに手紙を読み「わざわざありがとう」と言った。
「セクシャルマジョリティ」「セクシャルマイノリティ」という言葉はこの世の誰かが作った言葉でまるで僕らが別の世界で生きているかのようなイメージを持たれるが、誰かを慕う気持ちや人間関係というのは性別問わずあるいは無くても、等しく僕らの日常にもあふれていると思わせてくれる配達任務だった。

山という自然に初めて触れる。

芦ノ湖付近では少し山を降るので完全に油断していた、地味にまだ登っている。
というかグーグルマップを見ると降っていたのは気のせいだった。
ようやく箱根関所にたどり着く。18時なのに誰ひとり歩いてないことに驚いた。
関所を過ぎると街灯がなくなった。スマホの明かり一つで歩道のない道路を歩いていたが、当然スマホの光だけでは全然見えない。
山頂近いひらけた場所に出た時だった、正面からの突風で思わず顔を伏せ踏ん張った。
初めての出来事で何が起きたのかわからなかったが、ゲームや映画で見る山の厳しさというのは本当に存在するのだと学んだ。
静岡県の看板を見つけ、ようやく下り道に入ったが、急勾配の下り坂で膝への負担を考えると走らざるを得ない。なるべく止まらないように重力に任せて駆け足で山を下る。
2時間ほど降ったが、依然として街灯かりがない。
「おなかすいた」。

18時ごろの箱根関所

見知らぬ旅人へのやさしさ。

おにぎりをほおばる。デザートにチョコレート。
コンビニのおにぎりではない、お昼ご飯に偶然寄った箱根湯本の喫茶浅乃さんで酢飯と昆布で握っていただいた。この日は水曜日で平日だがこの辺りのお店は定休日。困っていた中、ようやく見つけたお店だ。
店内でピラフを食べた。するとお店の方から「どこまで行くの?」と声をかけていただいた。「鹿児島まで」と言ったらご厚意でおにぎりとチョコレート、お水をくださった。
その間自身の企画について話したり、今までお店に来た旅人の話をしていたが、最近では行脚をするのは珍しいねとおっしゃっていた。
こういった旅の定番ルートに普段触れている方はきっと慣れたものなのだろうが、どんな旅の企画を聞いても驚いたり不思議に思う様子はなく、真剣に聞いてくださった。
『大小ではなく、何かをこなすことは立派なこと。』
理解尊重すること。そしてサポートできることをすることという思いが伝わるおにぎりだった。

喫茶浅乃のママたちと

旧街道という怖い道へ。

1号線は湾曲しているのもあってあまりにも時間がかかるし、トラックがすごいスピードで走っていて怖かったのでグーグルマップの言う通り旧街道を通って降ることにしたが後悔した。
なんと砂利の急斜面と生い茂った藪に囲まれた道を通らなければいけなかった。
藪といっても上まで覆われていて月の光をさえぎってしまっているので本当に真っ暗だ。
相変わらずスマホのライト一つで駆け下りていく。
途中古民家をちらほら見かけたがここで人に出会うと考えた方が怖かった。

旅の先輩に出会う。

そういえば箱根越えの話で盛り上がった方がいる。“なおさん”という方で、神奈川県の上大岡という場所で「よろず二丁目」というミックスバーを営んでいる。
“なおさん”は沖縄の宮古島出身で、三味線の名手。友人と京都から東海道五十三次を三味線片手に行脚したらしい。ネットが普及していない時代だったが噂はたちまち広がり、地元の新聞に掲載されたり行く先々で二人が通るのを待っていた方もいたという。
“なおさん”とは井土ヶ谷から戸塚まで一緒に歩いたのだが、途中の坂道で「この坂よりも箱根の方がきついですか~?」なんてきいては「断然きついよ」と大真面目な顔で言っていた。
実際箱根は「登坂」ではなく「登山」なのだから比べ物にならないぐらいきつい。

“なおさん”はお子さんと旦那さんがいるXジェンダーだ。私の印象では『世間一般的な男女の役割』を務めていたが違和感がありつつもうまく言葉にできず、昨今Xジェンダーという概念が周知され始めたおかげで気づくという方が結構いる。
“なおさん”は学生時代から野球が好きで、今も社会人チームで続けているという。しかしその中でもやはりスポーツは男性のものとされ、歴史によって性別の壁に悩んでいた過去があった。体力や筋力の差、男性にしか出場権利のない公式大会、そういった男性優位とされている業界のなかで強い悔しさを抱いていた。
現在はお子さんと旦那さんにはカミングアウトしており、今までのジェンダーロールから性差のない形へと変貌している途中だという。これはパートナーとの関係だけでなく、子供への教育の仕方にも影響しており、自身が男女に悩んだ過去も踏まえて子供の性別に関わらず趣味や好み、在りたい姿をより意識的に感じとるようにしているそうだ。
「性別の苦労から逃げたいだけ」「男/女を捨てている」などの根拠のない理由で、人を傷つけたり、夢を打ち砕くようなことがあってはならないと強く思っている。

写真右“なおさん”

12時間の末に。

旧街道を抜けて遠くで新幹線が走るのを見た。少しずつ静岡県三島市の街並みが見えてきて涙ぐんだ。天下の剣を越えたんだ、歩いてきたんだ、僕にもできるんだ。
やったこともなければ自信もない、成功するかもわからないことを続けて最初の難所を超えた。すでに100kmを踏破した僕は着実に自信をつけていた。
本日のゴールである三島駅についた時にはツイッターでは大勢が注目して、労いの声をかけていただいた。

1300分の1達成。旅はまだまだ続いていく。

喫茶浅乃さん
https://tabelog.com/kanagawa/A1410/A141001/14028808/

よろず二丁目さん
https://yorozu2tyoume.crayonsite.net/

PROFILE

れいれい

1995年4月12日生まれ。男でも女でもないXジェンダー。恋愛対象はパンセクシャル(恋愛対象に性別を拘らない。)。
香港人の母と日本人の父の間に生まれ、幼少期より海外で過ごし国際的な文化圏で育つ。
物心がついた時から性違和を感じるも答えが見つからず、20代に入ってどちらでもないという概念に行きつく。
現在ではジェンダーフリーデザイナーとして、アパレルブランド「RAY RAY」、ボーダーフリーイベント「れいパ」をオーガナイズしている。

Twitter@rayhung0412
RAY RAY ray-ray.online/

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