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人生と旅は選択の連続 東京→鹿児島 1,300km歩いて日本を繋ぐ 第10章

神戸市の外れにある長田町。昨日までの喧騒から離れ、趣のある商店街が立ち並ぶ。

今日は大阪担当”なみさん”の妹”みゆきち”に荷物を配達するため、「はっぴーの家ろっけん」へと向かう。

事前に「サ高住(サービス付き高齢住宅)」であることを伝えられており、ただ、他のサ高住とは違うという情報だけを持って伺った。

玄関へ近づくと何やら先ほどまで静かだった商店街と違って賑やかだ。

恐る恐る入ってみると入居者さんの周りをちびっ子たちが走り回っている。そこには、年齢性別問わず色んな人が集まっていた。

出迎えてくれたのは強面アフロの”高橋さん”。「君がなんかようわからんけど歩いて来るって言ってた子か!」というざっくりな意思疎通でなんとか中へ。

僕も今日はここで一泊の予定だったので、”高橋さん”に連れられて館内を紹介してもらい一息。

(はっぴーの家)
(ケアマネの”岩本さん”)

その後”みゆきち”と無事荷物の受け渡しをした後、同日に東京から来た”ぬまっち”と小学生の”きょうちゃん”と知り合った。

”ぬまっち”は自分探しも兼ね今日からインターンではっぴーの家に来た。”きょうちゃん”は小学生で、関東に住んでるらしいがはっぴーに遊びに来たらしい。詳細はよくわからない、というか別に何でも良い。

ここでは情報の伝達がものすごく公で早い。「なんか男でも女でもない人らしい!」「東京から歩いてきたらしい!」「意味わからんけど面白い人来たらしい!」という感じで一切プライバシーはないが僕はそのおかげで説明の手間も省けたのと色々な人と話する機会ができた。

鹿児島まで行った後、個人的に長崎へ行ったのだが、そのきっかけとなった”原田さん”という方に出会うきっかけになったのもはっぴーの家だ。

”原田さん”はいつもスーツに強面でスキンヘッドなため、あだなが”会長”なので冗談交じりに誤解されることを言われていたが、長崎で宮共生会という障害のある方への自立支援を行う事業所を数多く営んでいる。実はほんとに会長ですごい人だった。

(はっぴーのフリースペース)

理解と尊重

一階のフリースペースでみんなでご飯を食べた後、はっぴーの家の創設者である”よしくん”と出会って”原田さん”と三人で話をする機会があった。

僕ら三人で共通しているのは「世間からの見え方に偏見や誤解がある分野」だということ。高齢の方、障害のある方、性的少数派。どれも世間から切り離されていて、前者二つは特に施設というイメージがあったり、性的少数派はそもそも存在を疑われるレベル。そしてそれぞれに悪い印象や偏った考えを持つ人がいる。

そうして社会とのかかわりを絶たれることこそ孤独であり絶望だということをわかっているからこそ「社会と関わるコミュニティ作り」が必要になるということ。

はっぴーの家は高齢者住宅だが高齢者だけの場所ではなく、人種、性別、文化や言語、年齢を問わず週に200人以上集まるダイバーシティを取り入れたサ高住だし、宮共生会は自立支援を住宅だけでなく農業、食品加工、カフェ、小売店を持ち、当事者がその現場で働いて社会に関わっている。

みんなそれぞれの事情がある。それは時として選べるものではないし、それを知ったとたん敬遠するなんていうのは浅はかだ。

僕らは理解してほしいとか知識をつけてほしいと思ってるんじゃない、当たり前にただ生きていることを尊重してほしいだけ。

こんな話で盛り上がっていたら”よしくん”が翌日「福祉とダイバーシティ」について講演があるから一緒に来ないかと誘ってくれたので一泊だけ延泊することにした。

実は”原田さん”もこの講演のためにはるばる長崎から来ていたようだ。

自分の足で旅をすると、ここで一日遅れてたら出会えなかったんだなと思えたりしてものすごく縁を実感する。

(”よしくん”と”みゆきち”)
(福祉とダイバーシティ講演)

わからないという答えは間違えじゃない

翌日、目が覚めて一階に降りたら通称”おかん”に声をかけられた。

普段はっぴーの家で出入りする中で見かけない人だと思って声をかけてくれたらしい。

はっぴーの家にきたいきさつのついでにカミングアウトもしたら驚いた顔で「2すとりーとしってる?ゲイユーチューバーの・・・ゆうきがうちの息子やねん」と言われて逆に驚いた。

この時はまだ2すとりーとのお二人とは面識がなかったが、まさか先に”おかん”と知り合うことになるとは。人生は本当に何が起こるかわからない。

そもそも素敵な親子だが、世の中ではいまだに否定的な考えを持つ方がいる中で自身の子が選んだ生きざまを誇らしく思っており、それを公表することができるということに対しても親もまた自分らしく全身全霊で受け止めているのだなと感じた。

(”おかん”と”おかんのおかん”)

講演には”ぬまっち”も一緒に同行することになり1時間ほど講演を聞いたのち、突然”よしくん”に振られて登壇することになった。旅の企画、いきさつ、出来事、どういう風の吹き回しでここにたどり着いたか。

誰かに荷物を送りたければ対価を払って郵送すればいい時代に、何日もかけてわざわざ歩荷することは信頼だけで運ぶということ。見ず知らずの僕に荷物を託すということはそもそも信頼に性別、年齢、文化、肌の色が関係がないということが証明できるということ。

福祉とは全く違う分野ではあったが、講演にきていた重役の皆さんは首を縦に振り一生懸命きいてくれた。

九州の事業所から来られていた方もいて、道中何かあったら連絡くださいとお名刺をいただくこともあった。

”よしくん”には全く違う分野の講演で自分の活動をさらに周知できる場をいただけたことに感謝している。

(福祉とダイバーシティ講演)

あっという間に夜がきて、せっかくなので”ぬまっち”と”きょうちゃん”と近くのお好み焼きを食べに来た。

今まで意識したことないことやものと向き合うには労力がいるし、どうしたらいいかわからなくて距離を置いてしまう。これは人の本能としてわからないものには近づかない正常な反応だと思っている。

”きょうちゃん”は初対面で男でも女でもない僕を知って興味津々に話を聞いてくれたが、実はその後ぱったり近寄らなくなっていた。本人がいままで常識だと思っていたことを覆されて逆にどうかかわるのが正しいのかわからなくなってしまったようだ。

正直僕への接し方を悩むことって年齢関係なしによくあることなので特に気にしていない。

お好み焼きを焼きながら”きょうちゃん”は正直に「あなたとの接し方がわかりません」と言ってくれた。

もう一つ、僕の性自認をきいて”きょうちゃん”もどうやら自分の性自認や性的指向について初めて向き合って自分が分からなくなったらしい。

わからないことも一つの答えだし、生き方には正解があるわけじゃない。自分の要素を見つけられたらラッキーで、自分が選んだ生き方を受け入れられるのは自分だけなんだよと話した。

社会では常に誰かが評価をしていて僕らは小さいころから学校で100点満点をつけられる。感性ですら正誤があって、良し悪しがある。

テストでオール5とる子だって人生に迷う、点数をつける先生だって生きる正解がわかるとは限らない、学校で学んだやり方が必ずしも100点とは限らない。

大勢が誰かと比べて自分の人生に点数をつけたり、他人がつけた自分の人生の点数を気にしたりする。

だけど答えなんかわからない自分の人生で本当に100点満点とったっていえるのは自分自身しかいないことを忘れちゃいけない。

旅はさらに西へ続く。

(左から”きの”、”ぬまっち”、”きょうちゃん”)

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